ぬいぐるみを抱いた少女
老人ホームや老人施設に診察に行くことがある。おもに認知症や脳血管障害、神経変性症などである。
最近施設のエレベータホールにいるとぬいぐるみを抱いたこぎれいな老女がにこやかに近寄ってきた。このこポンちゃんていうのかわいいでしょ?とてもひとなつこい老女であった。かわいいね一緒に寝るの?いいえベッドでは寝ないの かわいいでしょ?ポンちゃん 暖かい空気が流れる しかし 年齢にそぐわない
はっと気がつく ここは認知症の人が多い施設だ ひょっとしたらこの老女は子供時代に戻っているのだと
かわいいね よかったね
人間の記憶は層状に書き加えられていく、近い記憶ほど早く失われ残酷なことに古い記憶が残っていく
移民の一世が認知症にかかると例えば後から習得された英語が失われ日本語がのこり
子供とのコミュニケーションができなくなっていくという。
そういえばと 私の祖母のことを思い出した、田舎の老人施設や親戚の医院をたらい回しにされていた祖母はついに自分の居場所がわからなくなり 久しぶりに会いに行った私のことは息子としか認知しなかった。
帰りたいの どこへ? お父さんのところへ 祖母は隆盛を誇った生活のことは忘れやさしいお父さんに会いたがっていた。
ポンちゃんを抱いた老女も幼年時代に戻っているのだろう。こころゆくまで日中はポンちゃんと遊んでください。
しかしそれも終わりが来る ポンちゃんのこともわすれ 灰色の記憶の中に消えていくのだ 誰もがそうなるように
私の祖母のように そして私も あなたも