漢方薬を服用するにあたっての注意 1

私は医師なので漢方薬を処方する側ですが、最近視力が弱ったのと過敏性膀胱の症状が感じられたので自分で八味地黄丸をのんでみたところ驚くべき効果がありました。
そこで少し調べてみました。
漢方薬は、複数の生薬(天然の植物、動物、鉱物など)を組み合わせたものであり、その体内での代謝は西洋薬とは異なる複雑な様相を呈します。数種類飲んでいる方もよく見かけますので考えてみましょう。
漢方薬の体内代謝
- 配糖体の代謝と腸内細菌叢の関与:
- 漢方薬に含まれる有効成分の多くは「配糖体」という形で存在します。配糖体は糖と結合しており、そのままではヒトの消化酵素では分解されにくく、腸管から吸収されにくい特徴があります。
- ここで重要な働きをするのが「腸内細菌」です。多くの腸内細菌は、配糖体の糖鎖を切断する酵素(例:β-グルクロニダーゼ)を持っており、配糖体を代謝して糖が外れた形(アグリコン体)に変換します。
- 糖が外れた成分は、体内への吸収率が増加し、薬効を発揮すると考えられています。
- このため、漢方薬の薬効は、個人の腸内細菌叢の状態によって影響を受けることがあります。同じ漢方薬を服用しても、人によって効き目に差が出ることがあるのはこのためです。
- 例:
- 甘草(カンゾウ)の成分であるグリチルリチンは、腸内細菌の酵素によってグリチルレチン酸に変換され、抗炎症作用などを発揮します。
- 大黄(ダイオウ)の成分も、腸内細菌によって代謝され、薬効や副作用に影響します。
- 薬物代謝酵素(CYPなど)への影響:
- 漢方薬に含まれる生薬の中には、肝臓の薬物代謝酵素である「チトクロムP450 (CYP)」や、薬物の排出に関わるトランスポーターである「P-糖タンパク質 (P-gp)」などの働きに影響を与えるものがあることが報告されています。
- CYP酵素は多くの西洋薬の代謝にも関与しているため、漢方薬と西洋薬を併用すると、西洋薬の代謝が促進されたり、阻害されたりして、西洋薬の効き目や副作用に影響を与える可能性があります。
- 例えば、桂皮、麻黄、大黄などは、CYP酵素の阻害作用が報告されています。また、黒胡椒、シナモン、ナツメグなど、スパイスとしても用いられる生薬にもCYP阻害活性が認められています。
- 吸収のタイミング:
- 漢方薬は一般的に「食前」や「食間」に服用するよう指示されることが多いです。これは、空腹時に服用することで、有効成分が胃酸や腸内細菌と十分に反応し、吸収されやすい形に代謝されることを促すためと考えられています。
複数飲まない方が良いか?
原則として、複数の漢方薬を自己判断で併用することは推奨されません。以下の理由が挙げられます。
- 生薬の重複による副作用の増強:
- 漢方薬は複数の生薬の組み合わせで構成されています。複数の漢方薬を併用すると、同じ生薬成分が重複して過剰に摂取され、副作用が強く出る可能性があります。
- 特に注意が必要な生薬:
- 甘草(カンゾウ): 多くの漢方薬に含まれており、過剰摂取により「偽アルドステロン症」(低カリウム血症、血圧上昇、むくみなど)を引き起こす可能性があります。風邪薬など、一般用医薬品にも甘草を含むものがあるので注意が必要です。
- 麻黄(マオウ): エフェドリンという成分が含まれており、交感神経興奮作用があります。過剰摂取により不眠、動悸、発汗、神経過敏、血圧上昇などの副作用が現れることがあります。
- 大黄(ダイオウ): 下剤作用があり、他の下剤や大黄を含む漢方薬との併用で下痢がひどくなることがあります。
- 附子(ブシ): 過剰摂取でのぼせや動悸が強くなることがあります。
- 西洋薬との相互作用:
- 漢方薬と西洋薬を併用する場合も、薬物相互作用に注意が必要です。
- 前述のCYP酵素への影響だけでなく、特定の生薬が西洋薬の吸収や排泄に影響を与えたり、薬理作用を増強・減弱させたりする可能性があります。
- 例:
- インターフェロン製剤と小柴胡湯(ショウサイコトウ)の併用による間質性肺炎のリスクが知られています。
- 一部の利尿薬と甘草を含む漢方薬の併用で、偽アルドステロン症のリスクが増加することがあります。
- 鉄剤と漢方薬を同時に服用すると、漢方薬に含まれるタンニンが鉄の吸収を阻害する可能性があります。服用時間をずらすなどの工夫が必要です。
- 漢方医学的な「証(しょう)」の概念:
- 漢方医学では、患者さんの体質や症状全体を総合的に判断する「証」に基づいて漢方薬が選ばれます。複数の漢方薬を併用すると、それぞれの漢方薬が異なる「証」に対応している場合があり、かえって体内のバランスを崩してしまう可能性があります。
結論として、漢方薬を複数服用したい場合や、西洋薬と併用したい場合は、必ず医師や薬剤師に相談してください。 専門家は、患者さんの体質、現在の症状、服用中の他の薬などを考慮して、最適な漢方薬の組み合わせや服用方法を判断してくれます。