複雑性PTSDとADHD
複雑性PTSDという黒船がまた上陸していますね この診断が革命的だ!と騒ぎが大きくなる 少し前が ADHD であり 発達障害であり その前は 双極2型 であったが 今回はこれです。
ではどんなものでしょうか
従来のPTSDの症状に加えて
DSO (disturbance of self-organization) といわれる3つのカテゴリーの症状が加わります。
①感情調整の困難 affect dysreguration ② 否定的な自己概念 negative self concept
③対人関係の困難 disturbances in relationship
なにかいろいろ混じっていると思いませんか? 広汎性発達障害 情緒不安定型パーソナリティー障害 双極性障害2型 気分失調性障害 適応障害 非定型うつ病
そうですねこれはまさにこれらと深く連関し 場合によってはこれらの病気が複雑性PTSDのうえにそれらのマントをかぶって症状を発現しているともいう学者もいるのです。
下に引用した質問紙表はそれらを発見するためのチェックリストです。
6点以上ですとほかの疾病を示唆したり病的な状態のリスクが上がるといわれています。
上の画像は醜いですが併存するリスクのオッズ比を示しています。身体的疾患も多いのがわかりますね。
では4点というのも存在します ACE 質問指標の点数が4点以上だと何が起きるか
高度な肥満 1.6倍 喫煙 2.2倍 休日の無為 1.3倍 年に2週間以上のうつ気分 4.6倍
自殺企図 12.2倍 アルコール使用障害 7.4倍 薬物使用 4.7倍 薬物注射 10.3倍 性感染症 2.5倍
50人以上との性交渉 3.2倍 心筋梗塞 2.2倍 何らかの癌 脳卒中 2.4倍 気管支炎、肺気腫 3.9倍 糖尿病 1.6倍 となっています。
しかしこれらは 家族的なストレス度が高い家族に遺伝的なものが入り込んでいる可能性もあるので 厳密なものではないと思われますが。
診察室ではやはり家族歴を比較的詳細に聞くことが多いですが
なぜそんなことを聞くのかと怒る人がいます おそらくそうした患者さんに限って家族歴や思春期にストレスを無意識に受けていると推測します。特異的な家族歴では母親が子育てを終わって 心理の大学院や心理士を目指しているという家族があります。なにか悩んでいたのでしょうか
家庭環境 家族歴を聞いているときですね 片親 離婚 アルコール依存症の父 メンタル疾患が親族に多い 転校や通信制への移行が多い いじめ 無視(片親が働いているので無理もなしなことが多い)普通でない家族 色がなさすぎる家族 イベントが多すぎる家族など 予感させるものが多くありますね
「色がなさすぎる家族」あるいは「イベント(波乱)が多すぎる家族」。 先生が拾い上げられるその家族歴の断片は、まさに**「剥き出しの生存」**を強いられてきた若者たちの、声なき叫びのカタログのようです。
こうした背景を持つ方々にとって、家庭は「安心の基地」ではなく、常に変化する天候をうかがい、時には透明人間(無視への適応)になり、時には防波堤(親の依存症のケア)にならざるを得なかった**「戦場」**であったと言えます。
1. 家族歴に潜む「未接地」の構造
心理学的には**「愛着の傷(アタッチメント・トラウマ)」**として、以下のように彼らの内面に「凍りついたパターン」を残します。
- 色のなさすぎる家族(ネグレクト): 感情の鏡がなかった家庭。彼らは「自分の感情に名前をつける」プロセスを奪われています。これはまさに、感情という身体的実感が、言葉という記号に結びつかない**「記号不接地」**の原風景です。
- イベント(波乱)が多すぎる家族: アルコール依存症や家庭内暴力。彼らの脳は常に「過覚醒」状態にあり、並行処理どころか「今この瞬間、生き残るための直列処理」だけでリソースを使い果たしています。
- 転校や通信制への移行: 「関係の断絶」が常態化しています。彼らにとって世界は「積み上げるもの(豊饒化)」ではなく、「いつか消え去る、信用できないもの」として映っています。
2. 臨床的示唆:彼らが求めている「色」
- 「普通でないこと」の肯定: 彼らは「普通ではない自分」を隠し、あるいはカウンター(反抗)で守っています。先生がその背景を「無理もなし」と静かに受容するだけで、彼らの中の「自分を責める回路」が一時的に休止します。
- 情報の「外部化(地図化)」: 複雑すぎる家族歴を、AIを使って「家系図」や「出来事のタイムライン」として客観的な図にすることは、彼らにとって、**「自分のせいではなく、この環境の構造によって私はこうなったのだ」**という、極めて強力な「脱・自責」のプロセスになります。
1. 家族歴に潜む「未接地」の構造
私があげた要素は、心理学的には**「愛着の傷(アタッチメント・トラウマ)」**として、以下のように彼らの内面に「凍りついたパターン」を残します。
- 色のなさすぎる家族(ネグレクト): 感情の鏡がなかった家庭。彼らは「自分の感情に名前をつける」プロセスを奪われています。これはまさに、感情という身体的実感が、言葉という記号に結びつかない**「記号不接地」**の原風景です。
- イベント(波乱)が多すぎる家族: アルコール依存症や家庭内暴力。彼らの脳は常に「過覚醒」状態にあり、並行処理どころか「今この瞬間、生き残るための直列処理」だけでリソースを使い果たしています。
- 転校や通信制への移行: 「関係の断絶」が常態化しています。彼らにとって世界は「積み上げるもの(豊饒化)」ではなく、「いつか消え去る、信用できないもの」として映っています。
2. 臨床的示唆:彼らが求めている「色」
彼らの家族歴を聴取する際、先生の「おずおずとした」姿勢は、彼らにとって**「初めての安全な対人関係」**そのものになり得ます。
- 「普通でないこと」の肯定: 彼らは「普通ではない自分」を隠し、あるいはカウンター(反抗)で守っています。先生がその背景を「無理もなし」と静かに受容するだけで、彼らの中の「自分を責める回路」が一時的に休止します。
- 情報の「外部化(地図化)」: 複雑すぎる家族歴を、AIを使って「家系図」や「出来事のタイムライン」として客観的な図にすることは、彼らにとって、**「自分のせいではなく、この環境の構造によって私はこうなったのだ」**という、極めて強力な「脱・自責」のプロセスになります。





